短歌館ご案内

塩尻いしぶみ散歩



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 命ひとつ露にまみれて野をぞゆく
   はてなきものを追ふごとくにも
               水穂
 この歌は昭和二十年、太田水穂が広丘疎開中のものであると思われる。碑は広丘小学校の校庭を横切った奥の松林の中にあり、磨かれた碑面のなかの文字は作者自身の流麗な筆跡である。昭和二十三年六月建立。

 いさゝかの水にうつろふ夕映に
   菜洗ふ手もと明るみにけり
                柿の村人(赤彦)
 広丘小学校近くのせせらぎで菜を洗う女性を詠んだ、赤彦が広丘時代の作品。晩秋の風物詩をきりぬいたように描いている。島木赤彦は二年間校長としてつとめてこの地を去るが、彼の歌風を育み、中原静子との思い出の残る広丘に特別の思いがあったようである。碑陰は無記名だが、土屋文明氏とされる。歌碑は昭和二十六年建立。(歌碑公園)

うす紅に葉はいち早く萌えいでゝ
  咲かむとすなり山ざくら花
             牧水
 大正十一年(一九二二)の作。翌年五月出版した歌集「山桜の花」の第一首目にみえ、数多い山桜の歌のなかでも秀逸な作品である。  息子旅人が大正二年に喜志子の生家で出生したこともあって、牧水は広丘の地をたびたび訪れている。広丘小学校の松林も喜志子と一緒に散策して詩魂を培ったにちがいない。  碑は昭和五十二年建立。碑面は牧水の揮毫を刻んだものである(歌碑公園)

              い で
あき空の日に照るみどりにほひ出て
   見まはす四方にあふれなむとす
               空穂
 第十五歌集「明暗」の中の一首で、昭和十七年の作。窪田空穂(本名通治)は、明治十年六月東筑摩郡和田村に生まれる。三十三年与謝野寛主宰の明星に入り、歌人として活躍。アララギの島木赤彦、潮音の太田水穂とともに歌壇に大きな影響を与えた。片丘の村上家に一時養子に入るなど、塩尻にゆかりが深い。歌碑は昭和六十二年建立。(歌碑公園)

鉢伏の山を大きく野にすゑて
   秋年々のつゆ草の花
              光子

春鳥のいかるがの声うらがなし
   芽ぶきけぶらふ木立の中に
             喜志子

いく重やまみやまの奥の山ざくら
   松にまじりて咲きいでにけり
              みどり
 塩尻にゆかりの女流三歌人、四賀光子・若山喜志子・潮みどりの歌碑。光子の「鉢伏の…」は、昭和二十年七月水穂の生家に夫君とともに疎開中に詠んだもの。喜志子の「春鳥の…」は、昭和十九年吉田の生家にやはり疎開中のころのものである。みどりの「いく重やま…」は、大正十二年彼女が二十七歳の作といわれる。建立は昭和五十六年。(歌碑公園)


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